海士長のログブック
どもども。海賊のような顔をしたブログの主催者です。インドネシアに1996年に来てからいろんな障害にぶちあたりながら仕事にアウトドアにチャレンジしています。これからも勝手にブログを更新していきますので気に入ったら登録してね。(笑)
2026年3月29日日曜日
3月29日 バリ島へ行った時のおさらい。
さてさてやっと落ち着いたのでバリ島へ行った時のおさらいをする。
1.出発は3月16日
2.娘のダイビング講習は17日サヌール、18日パダンバイのブルーラグーン
3.ニュピ前日のオゴオゴを見学したのは18日の夜8時ごろ
4.19日はニュピでホテルの部屋で静かに?待機。
5.20日はバリ島南部にあるバリで一番綺麗なビーチMelasti Ungasan Beachで過ごす。
6.21日はバリ島で有名なICONモールへ行き嫁と娘は楽しくウィンドウショッピング。
7.22日は娘がどうしても行きたいインスタ映え「32do Baliカフェ」に行ったら行列ができていて断念。
近くのカフェに行く。
8.そして23日は帰る気が失せたスラバヤへ飛行機で帰宅。
1.3月16日出発 空港へ向かう。
バリ島到着してグラブでホテルまで移動。そして昼ごはん兼夜ご飯を近くのモールで摂る。
この日は、そのままホテルへ戻った。明日は娘のダイビング講習があり朝が早いので早めに就寝する。
2.3月17日朝7時にホテルを出発し、サヌールでプール講習、並びに海洋講習2ダイブする。
今回お世話になったダイブショップは「ブルーパラダイス」だ。実は娘のダイビングライセンス講習についていろんなショップを探したのですが、ライセンス価格が固定であること。と、安心できる知り合いのショップなので娘のダイビングライセンス資格をお願いしました。
プール講習はダイビングの基本を教えるのだけど、水中でマスクを取ったりレギュレーターフローなどいっぱい習うことがあるので本当は結構難しいセッションなのだけど、さすが我が娘。問題なく講習内容をクリアしていく。(その父は生まれて初めてのダイビングにライセンスなしでダイビングした強者なのだ)
プール講習が7時30分くらいから始まり、終わったのが12時過ぎだったので結構な講習時間です。昼食後、サヌールの海へ行って海洋講習が始まります。
今回、娘のダイビング講習にあたりアクションカメラを新調したのだがそれはそれは素晴らしい写りだ。このアクションカメラにAI水中モードが付いているのだが、このAI水中モードを使う+ワイドコンバージョンレンズの組み合わせ。だと、画面の両隅にケラレが出てしまうのだ。これは欠点なのだ。ただ、マクロレンズだけはケラレが出ないので、次回使うことがあればAI水中モード+マクロレンズの組み合わせだ。(ワイコン使っても結局は外してあんまり使わなかったよ)
この1本目が終わり、船上へエキジットする際に父は右足のフィンを紛失してしまう。手にはカメラ、片足でフィンを探しにいくがすぐ海面が濁ってしまいロストしてしまうのだ。実は水中で左足のフィンが何度か外れそうになったので左足のフィンはキツくバンドを絞っていたのだが、まさか右足のフィンが外れるとは思っても見なかったよ。
そのあと水面休憩も含め船でフィンを捜索するが海水はどんどん濁ってしまう。結局諦めてインストラクターに謝り、父は娘の講習二本目の付き添いは諦めたのだがインストラクターが片フィンでも娘のダイビング講習は続けるということで片フィンを父に貸したのだ。(あぁ本当に情けないね。父は。)
と、いうことで2本目開始。
サヌールの海洋講習が16時くらいに終わり、シャワーを浴びてホテルへ帰る。明日の海洋講習はパダンバイなのだが、ニュピ前日で交通規制が始まるためパダンバイの講習はお昼12時まで終わらせるということだ。そのため明日ホテル出発は朝6時30分だ。
娘は今日の講習が終わっても元気いっぱいだが、父はさりげなく本当は疲れていて明日のダイビングはしんどかったのだ。(家族には言わなかったけど)
疲れた原因はわかっている。適正ウエイトがわからなかった。フィンを無くした。新らしい慣れないアクションカムで娘の講習を撮影した。途中で腰が痛くなった。ライトが壊れた。と心身的なことが疲れになった。まぁダイビングあるある。だ。
3月18日海洋講習パダンバイへ出発。
朝から小雨が降る続きホテルから一路サヌールへダイブショップの車で移動。先日インストラクターから聞いていた別客をピックアップし次にインストラクターを拾う。車中で朝の挨拶をしていたら別客はまさかの元通風潜酔隊員だったとは。(あやすけの同僚)よくよく見たら15ー17年前くらいに1度父もお会いしていた。という人。
まぁ。あやすけはY氏、H氏、K氏にいたぶられるのが好きなMだったので覚えているが、やはりダイビングをずっと続けたきた人と一緒に潜る方が楽しい。
と、話が脱線したが8時過ぎにパダンバイへ着くと快晴でダイビング頼りだ。
早速いつものお店でウエットスーツに着替えて船に乗り込んで一路ブルーラグーンへ直行する。
海洋講習3本目の写真が少ないのは、父がロストになって娘の講習風景写真を撮る事ができなかったからだ。インストラクターから「水深5m付近で待機しててね。」と、言われたが娘のダイビング姿を映さなければ何のためにアクションカムを新調したのかわからないじゃないか。と、インストラクタ〜と娘を追っているうちに海水に濁りが出始めて視界が悪くなり父は迷子になってしまったのだ。(汗)まぁ。とりあえず船の下で待っていればインストラクターが呼びに来るだろうと思ってお花畑を撮影しまくり楽しんでいたが、さすがに20分以上も待たされないよなぁと思い一度船のそばで水面へ浮上してみたら、「あれー?誰のお船?私は誰?」という感じだった。結局最初に乗ってきた船に迎えにきてもらいそのままエキジットして父は終了。
あとで娘に聞いたら沈船まで潜ってきたそうな。いいなぁ。父も行きたかったなぁ。
休憩中にみんなからお褒めの言葉をいただき「すぐ居なくなる迷子ダイバー」と異名をいただいた。
インストラクターは、父はどこかに行ってしまったけどあの人は大丈夫だからこのまま講習を続けましょうね。ということで娘と沈船巡りに行ったそうな。
また、インストラクターと元痛風のK子さんの話からY氏、H氏の名前が上がっていたがだいぶん昔の話だし、父はバリ島へなかなかダイビングに行けなかったのでその会話に入ることもできず、娘とおしゃべりするしかなかった。まぁ昔の人より今一緒に潜っている人たちの方が楽しいしね。
では。4本目の講習開始。
無事に海洋講習4本目終了。エキジットして船に乗込み港へ帰港したらちょうど12時だった。あとはお店で着替えて昼食を摂ってサヌールへショップの車で移動。その後元痛風のK子さんとインストラクターと別れ父と娘はホテルへ帰る。今回娘のダイビング講習は下のビデオの通り。
18日の夜はオゴオゴを見にいく。
3月19日はニュピなので静かにホテルで待機。だけど外国人はプールサイドではしゃいでビールを飲んでいた。嫁も呆れてホテルの部屋から見ていた。
3月20日はバリ島で一番綺麗なビーチへ行ってきた。グラブで15マンルピアくらいの場所。1時間ちょっとかかったけど確かにこのビーチは綺麗だ。
早速海辺に行くとビーチクラブが沢山あり海へ入ったり食事をするならいずれかのビーチクラブへ入らなければならない。そのため比較的に安いビーチクラブを選んで中に入る。食券付き時間無制限の一人あたり約40万ルピアで席を確保し父と娘は海とプールで楽しむ。
そして夕方18時から近くケチャックダンスを見ることができるということで17時までビーチクラブを堪能。
チャックダンスが19時終わったのタクシーを使ってホテルへ戻る。帰りのタクシー代は30万ルピアだった。
3月21日はサヌールにあるICONモールでショッピングを楽しむ。と、言っても小さいモールなので満足感が少ない。ここで嫁の言動が可笑しくなる。嫁が「喉が渇いたのでアイスコーヒーを飲みたい」と言うので「じゃぁ。3階にあるコーヒーショップへ行こう」と言ってエスカレーターに乗ろうとしたらいきなり腕を掴んできて「コーヒーのお土産屋さんはこの階なので、どこへ行くの?」と、意味が分からないことを言ってきた。あまりにも言動がおかしいのでケンカしそうになった。結局は3階のコーヒーショップでアイスコーヒーを飲むのだが。
その後お土産ショップで嫁と娘がお土産を買うのだが、量が多いためスーツケースを追加購入しお土産品をスーツケースに詰め込んでクタにあるホテルへ帰る。
ホテルへ戻るとちょうどサンライズ時間だったのでビーチに夕日を見に行った。
夜ご飯は海辺沿いにあるモール内のSUSHITEIで食事を摂る。今度もハプニングがあり娘が頼んだ食べ物に虫が入っていたのだ。店員さんを呼びつけクレームしたら新しい交換食事が出てきたので娘は約2回分の食事が出来ると喜んいた。
3月22日は娘の同級生がインスタ映えするスミャックのカフェを教えてもらっていたのでそこに行く事にした。グラブを使ってそのカフェに行ったところ何と長蛇の列+日影がく直射日光に照らされる。とても待って居られない。と、言う事でまたグラブを呼んで車で5分くらいの近くにあるカフェへ逃げ込む。
その後、ホテルへ戻りホテルのプールで最後の日をくつろぐ。
3月23日帰省日 朝からスーツケースに荷造りを行い11時30分にホテルをチェックアウト。タクシーに乗り飛行場へ向かう。
飛行機の出発は13時55分なのでかなり余裕を持って移動したが、結局飛行機が出発したのは16時44分。やっぱり格安チケットは時間通りに飛行機は飛ばないのだ。
嫁いわく「今度バリに行くなら父と娘だけね。私は実家に帰るね」だって。
喧嘩したのが原因らしいけど「顔が黒いとしつこく言って、失言して父を怒らせたのはどこのだれでしょうかね。」
まぁいいけど。旅にはハプニングがつきものです。
2026年3月24日火曜日
2026年3月19日 娘無事にダイバーになる。
さて今回のハリラヤ休日はバリ島へ出発するのだ。
娘のダイビングプール、海洋限定水域の講習を受けるためだ。
このタクシーはブルーバードなのだけどアプリでFIXプライスで依頼したら
このバカ。高速道路を使えば7キロ遠くなってしまうから嫌だと言いやがった。
以前アルゴで使ったら30万ルピア踏んだくられ。FIXプライスを選んだらペナルティ代を寄越せという。
まぁこんな感じで嫁が交渉し、高速代とペナルティ代を払って空港へ行く。
無事にバリ島へ着いたらGRABのアプリを使って適正価格でホテルに着き荷物を下ろしたらすぐ近くのモールへ行く。
この日はモールとクタビーチで遊び明日娘のダイビングプール、海洋講習があるのでゆっくり就寝する。
次の日、朝7時にダイビングセンターからお迎えの車が来て母をホテルに残してサヌールへ講習へ向かう。
最初にプール講習で、マスククリア、レギュレータークリアなど5ー6種類の基礎講習を受ける。
インストラクター曰くライセンス所持者に講習をしているようだとお褒めの言葉を頂いた。
娘よすごすぎるんじゃない!
お昼ご飯はナシ・チャンプル。娘はサンドイッチをいただきお昼休憩後、海洋実習へ向かう。
海洋実習でも安定した潜り。娘の方がダイビング上手だぞ。父は水深が浅過ぎて潜れない。(この時は4kgのウェイト)
そしてエキジット中に片方のフィンが紛失したのだ。(今はヌサペニダ周辺で回遊しているかも)
飛んだハプニングでインストラクターも苦笑い。
娘の2回目の海洋実習の時は1kgウェイトを増やし5kgで潜る。
安定した潜りだ。(とは言っても水深がまだ浅いので左手に石を持ってやっと安定。)
この日は無事に父は潜れたけど、娘は余裕綽々で淡々とダイビングしていた。(素晴らしい)
3月18日 3回目の海洋実習はパダンバイだ。オープンウォーターライセンスのコースで18メートル潜るので
多分、沈船を見るのではないかと予測。(なぜ予測なのかは父は行方不明になっていたから笑。)
この日はニュピ前日なのでボートの貸切時間が昼12時までと制限があり、ホテル出発は朝6時30分だ。
この日はジャカルタから元通風潜酔隊のメンバーK子さんも一緒にパダンバイで潜るということで久しぶりに再会した。
クタ・サヌールは朝は雨がじゃんじゃか降っていたが、パダンバイは娘の海洋実習のためか青天だった。(素晴らしい)
パダンバイでウェットスーツに着替えたら早速乗船。ブルーラグーンへと向かう。
早速、海に入ったらインストラクターより、娘の海洋実習で緊急アセントの本番を行うので水深5メートル付近で待機
するよう指示があった。で、インストラクターと娘の実習内容を記録しようとしたら水の流れで急に視界が悪くなり
慌てて移動するうちにインストラクターと娘を見失ってしまった。
ここで普通はパニックになるのだが、さすがに父はダイビング歴が長い分「まぁいいや。」ということで
お花畑を撮影しまくってた。さすがにこのままではあかんなぁ。と、いうことで船の近くに浮上したら
違う船だった。あれ?違う船だ。とりあえずそのまま待機してたら、船が迎えに来たのでエキジットし船上で
娘の実習が終わるのを待った。
インストラクターと娘は無事沈船を見てきたそうだが、残念ながら父はミッシングしたので記録を残せなかった。
インストラクターは心配したそうだが、父はレスキューの保持者なので娘の実習を続けたそうな。
あとでついた父のあだ名が「すぐ居なくなるダイバー」だ。
それはさておき、船上で1時間の休憩後、実習最後の4本目のダイビング。これで娘が立派なダイバーになれるかが決まる。
今回もまた、インストラクターから娘の実習があるので水深5メートル付近で待機。今度はどこへも行かないよう
釘を刺される。(笑)
5分ぐらい待機してたら、インストラクターから手信号があり移動する。結構複雑な地形を行くので「娘の中性浮力のテスト」
だとわかった。
さすがに娘は中性浮力に難儀していたけど。難儀するのが普通だ。女子なので肺活量がすくないしBCにどれくらいエアを
注入するかもまだ初心者なのだ。
それでも最後までも潜り切った娘は偉い。
その後エキジットして乗船し港へ帰港。着替えをして食事し全ての講習が終了。一路サヌールへ戻る。
サヌールでインストラクターと元潜酔隊メンバーと別れクタのホテルへ帰る。
18日の夜はニュピ前夜のオゴオゴを見に行く。
そして19日に無事Eライセンスが届いたのだ。これで娘もダイバーの仲間入りだ。
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